大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)4179号 判決 1988年3月22日
原告
森島トシ子
ほか三名
被告
寒川明俊
主文
1 被告は、原告森島トシ子に対し金二九〇万六八四四円、その余の原告らに対し各金一六四万四四三二円及び右各金員に対する昭和六一年一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの、その余を被告の各負担とする。
4 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告森島トシ子に対し金一五〇〇万円、その余の原告らに対し各金六〇〇万円及び右各金員に対する昭和六一年一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
被告は、昭和六一年一月一四日午後一一時三五分ころ、普通乗用自動車(和五六ひ一四二四号、以下「被告車」という。)を運転して和歌山県御坊市名田町野島三四五三番地先路上を北から南に向かつて進行中、右道路を横断歩行していた訴外森島裕治(以下「亡裕治」という。)に自車前部を衝突させて同人をボンネツトの上にはね上げ、路上に転落させて同人に頭部打撲、頭蓋骨々折、脳挫創の傷害を負わせ、これにより同人を即死するに至らせた(以下「本件事故」という。)。
2 責任
被告は、本件事故当時、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。
3 損害
(亡裕治分)
(一) 逸失利益 金三九三四万一〇〇七円
亡裕治は、本件事故当時、六二歳の健康な男子で、年額二七三万八九〇〇円の地方公務員等共済組合法に基づく退職共済年金を受給するとともに、自宅で近所の中学生相手に塾を開いて数学の教師をし、月額約七万円の収入を得ていたところ、昭和六一年四月からはこれを発展させて更に大きな塾を開く予定で、自宅の車庫の二階にそのための教室を設計して開塾に備えていた。したがつて、同人は、本件事故に遭わなければ、昭和六一年度簡易生命表による平均余命期間である一八年間にわたり右の金額の退職共済年金の受給を続けるとともに、就労可能な七〇歳までの八年間にわたり昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表、産業計・企業規模計・学歴計・年齢六二歳の男子労働者の平均給与額である年額三二九万一〇〇〇円を下回らない塾経営による収入を得られたものである。そこで、同人が右の間に得られたのであろう利益の額から三〇パーセントの割合による同人の生活費を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すると、次の計算式のとおり、金三九三四万一〇〇七円となる。
{2,738,900×(1-0.3)×12.603}+{3,291,000×(1-0.3)×6.5886}=39,341,007
(二) 慰謝料 金一〇〇〇万円
本件事故により死亡した亡裕治が本件事故によつて被つた精神的、肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金一〇〇〇万円が相当である。
(原告ら固有分)
(三) 慰謝料
原告森島トシ子(以下「原告トシ子」という。)は亡裕治の妻、その余の原告らはその間の子であるところ、一家の支柱を失つたことによる精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝するに足りる慰謝料の額は、原告トシ子については金四〇〇万円、その余の原告らについては各金二〇〇万円が相当である。
(四) 葬儀費用
原告トシ子は、亡裕治の葬儀を執り行い、その費用として金八〇万円を支出した。
(五) 弁護士費用
原告らは、本訴の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人らに委任し、その費用及び報酬として、原告トシ子は金一〇〇万円、その余の原告らは各金五〇万円の支払を約した。
4 相続による権利の承継
前記のとおり、原告トシ子は亡裕治の妻、その余の原告らはその間の子であるから、亡裕治の死亡に伴い、同人の被告に対する前記3(一)(二)の損害賠償債権を、原告トシ子は二分の一、その余の原告らは各六分の一の割合で相続により承継した。
5 損害の填補
被告車の自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から原告トシ子は金一〇七五万円、その余の原告らは各金三五八万三三三三円の保険金の支払を受け、原告トシ子は、合計一三六万九四〇〇円の地方公務員等共済組合法(以下「地公共法」という。)に基づく遺族共済年金の支給を受けた。
6 結論
よつて、被告に対し、原告トシ子は3(一)(二)の合計額の二分の一に3(三)の金四〇〇万円の慰謝料及び3(四)の葬儀費用を加え、これから5の金一二一一万九四〇〇円の既払額を控除し、これに3(五)の金一〇〇万円の弁護士費用を加えた金一八三五万一一〇三円の損害賠償金の内金一五〇〇万円、その余の原告らは3(一)(二)の合計額の六分の一に3(三)の金二〇〇万円の慰謝料を加え、これから5の金三五八万三三三三円の既払額を控除し、これに3(五)の金五〇万円の弁護士費用を加えた各金七一四万〇一六八円の損害賠償金の内金六〇〇万円及び右各金員に対する不法行為の日である昭和六一年一月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1、2の事実は認める。
2 同3の事実中、亡裕治が本件事故当時六二歳の健康な男子であつたこと、同人と原告らとの間に主張のような身分関係のあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。亡裕治は、子ども達がすでに独立し、退職共済年金で夫婦の生活を維持するとともに、片手間の塾教師による収入は自己の趣味に費消していた年金生活者であつて、その生活費割合は五〇パーセント程度のものであつた。
3 同4、5の事実は認める。
三 抗弁
1 過失相殺
本件道路は、その中央に道路中央線のある幅員六メートルの片側一車線の国道であるが、亡裕治は、深夜の暗い右国道上を酒に酔つてふらふらと歩いていて被告車の前方を左(東)から右前方(西南)に斜めに横断しようとしたところ、東側東線を南進していた被告車が同人の通り過ぎた左側を通過しようとして自己に近づいてきたので、これに驚いて被告車の進路前方に後戻りしたため、同車線ほぼ中央やや道路中央線寄り(道路左端から約一・七五メートル中央線寄り)の地点で被告車の右前部と衝突したものである。したがつて、本件事故の発生については、被害者である亡裕治にも右方の安全を十分に確認しないで右道路を横断した等の過失があり、これを斟酌して損害額の減額がなされるべきである。
2 損益相殺
(一) 原告トシ子は、前記のほかに地公共法に基づく金一〇九万七〇五一円の遺族共済年金の支給を受けた。
(二) 原告トシ子に支給されるべき遺族共済年金の額は、年額一四八万九四〇〇円であるから、同原告が今後一七年間にわたり受給すべき年金額の現価は、次の計算式のとおり、右の間に受給すべき年金の合計額から年五分の割合による中間利息を控除した金一七九八万七三三四円であるが、右の遺族共済年金は、退職共済年金の受給者である配偶者の亡裕治が死亡したことによつて生ずるものであるから、右の両年金は同性質を有するものというべきであり、同原告が相続した亡裕治の逸失利益の額から将来受給すべき右の遺族共済年金額をも控除すべきである。原告らは、地公共法五〇条が、組合は、「給付を行つた」ときに損害賠償請求権の代位がなされるものと規定していることを根拠として、現実の給付がない限り遺族共済年金を控除の対象にすべきではないと主張するが、本件のような場合にはそもそも同法条の適用はないものである。遺族共済年金は、退職共済年金の転化したものであつて、これが遺族共済年金に転化するのは、受給権者の死亡であれば足り、災害によつて死亡した場合に限らないものであるのみならず、組合は、受給権者が生存しておればより高額の退職共済年金の給付をしなければならないのに、その死亡によつてより低額の遺族共済年金の給付で足りることになるのであるから、損害賠償請求権を代位取得することはあり得ないのである。また、これを実質的に見ても、退職共済年金分の相続による損害賠償を認めつつ、一方で遺族共済年金の損益相殺を否定するならば、右の両受給権の併存を認める結果となり、法の建前に反するのみならず、同一目的の給付の二重取りを許す結果となつて不合理であり、将来の遺族共済年金も損益相殺の対象になると解するのが衡平の理念上当然というべきである。
1,489,400×12.0769=17,987,334
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。亡裕治は、本件道路をふらふらと歩いて横断したものではなく急いで横断していたものであり、被告車の進路前方に後戻りしたのではなく後記のように無謀な運転をして近づいてきた被告車に驚いてよろけるような格好で一歩下つただけのことである。被告は、酒に酔つたうえ、前照灯を照射距離が僅か二三・三メートルしか達しない下向きの状態で、暗い本件道路の東側車線(幅員三メートル)中央線寄りを時速約四五キロメートルの速度で被告車を進行させていたところ、前方約四五・五メートルの左側外側線付近の車道内に黒い物体を認めたので、前照灯を上向きに操作して照射してみると、前方約三五・七メートルの道路を左から右前方に斜めに横断していた亡裕治を発見した。しかし、被告は、同人が通過したあとを進行できるものと考え、そのままの速度でそのまま中央線寄りをまつすぐ進行したところ、約一一・二メートル間隔まで接近した時に中央線近くまで歩行していた亡裕治が被告車に気づき驚いてよろけるような格好で一歩下つたのを認め、ハンドルを左に転把したが、左側外側線から約一・七五メートル中央線寄り(中央線から約一・二五メートル左側外側線寄り)の地点で自車前部右寄りを同人に衝突させたものである。ところで、被告が亡裕治を発見してからハンドルを左に転把するまでの間被告車は約二六・七メートル進行し、この間亡裕治は左側外側線付近の車道内から約三メートル進行していたから、被告が同人を発見した地点から衝突地点までの約三七・五メートル進行した時、同人は左側外側線付近の車道内から約四・二メートル進行し得たはずである。そして、亡裕治の左から右前方への進行角度が四五度であるとすると、同人が右の方向に四・二メートル進行した地点は、道路中央線上となる。また、被告車の速度等に照らすと、亡裕治の歩行速度は毎時約五キロメートル(秒速一・三八九メートル)であつたところ、被告が同人を発見した地点から衝突地点までの約三七・五メートルを時速約四五キロメートル(秒速一二・五メートル)で進行すると約三秒かかり、この間に同人が進行し得る距離は約四・一六七メートルであつて、やはり被告車が衝突地点に到達した時に道路中央線上に達していたはずである。そして、被告車がハンドルを左転把するまでの間進行していた進路は、道路中央線から約二八センチメートル左側にすぎなかつたから、亡裕治が同方向にそのまま歩行を続けたとしても、同人と被告車との間隔は僅か約二八センチメートルにすぎず、まさに間一髪の無謀な運転というべきである。本件事故は、専らこのような被告の無謀かつ異常な運転によつて生じたものであつて、亡裕治には、過失相殺に値いするような過失はなかつたものというべきである。
2 同2の事実中、(一)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。仮に、被告の主張するように亡裕治の死亡によつて原告トシ子が将来遺族共済年金を受給することができるようになつたとしても、将来の遺族共済年金受給額を同原告が相続した亡裕治の退職共済年金喪失による損害賠償請求権から損益相殺として控除すべきものではない。亡裕治の受給していた退職共済年金と原告トシ子の受給すべき遺族共済年金とは、その目的及び機能において実質的に同一ということができ、既支給の遺族共済年金を損害賠償額から控除するのは当然というべきであるが、原告トシ子が単に遺族共済年金請求権を取得しただけでは、いまだ亡裕治の損害を填補する現実の保険金給付があつたということはできず、単なる期待権の域を出ない。地公共法五〇条一項は、「給付事由……が第三者の行為により生じた場合には、当該給付事由に対して行つた給付の価額の限度で、受給権者(当該給付事由が組合員の被扶養者について生じた場合には、当該被扶養者を含む。)が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。」と規定し、共済組合が給付を「行つた」ときに損害賠償請求権につき代位がなされるものとしている。これは、厚生年金法四〇条及び労働者災害補償保険法一二条の四と同趣旨の規定で、給付事由が生じて将来の給付が決定していても、損害賠償請求権はなくならないことを当然の前提としているものである。また、これを実質論及び公平の見地からみても、右の控除を認めるときには、原告トシ子は、被告の損害賠償債務につき遺族共済年金額の限度で分割弁済を認めたのと同様の不利益を甘受せねばならず、同原告が、控除されたのと同額の年金を現実に取得しないうちに死亡したり婚姻した場合には差額部分について不利益を被り、反面被告が利得することになり、地公共法一条一項の制度趣旨、民法上の一括賠償の原則に背馳する。
第三証拠
本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 事故の発生及び責任
請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自賠法三条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
二 損害
(亡裕治分)
1 逸失利益
亡裕治が本件事故当時六二歳の健康な男子であつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一三、第二四、第二九(原本の存在とも)号証、乙第一号証及び原告トシ子本人尋問の結果によれば、同人は、本件事故当時、年額二七三万八九〇〇円の地公共法に基づく退職共済年金を受給するとともに、自宅で近所の中学生相手に塾を開いて数学の教師をし、月額五万円を下らない収入を得ていたことが認められ、右認定に反する亡裕治の家庭教師としての月額収入は金七万円を下らなかつたとする原告トシ子本人尋問の結果の部分は、的確な裏付資料もなく、甲第一三号証の記載に照らしてにわかに措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。右の事実によれば、亡裕治は、本件事故に遭わなければ、昭和六一年度簡易生命表による平均余命期間である一八年間にわたり右の金額の退職共済年金を受給し続けるとともに、就労可能な七〇歳までの八年間にわたり月額五万円を下回らない塾教師としての収入をあげることができたものと推認することができる。原告らは、亡裕治は昭和六一年四月からは右の塾教師としての仕事を発展させて更に大きな塾を開く予定をもち、自宅の車庫の二階にそのための教室を設計して開塾に備えていたのであるから、同人は、右により賃金センサスによる平均給与額を下回らない収益をあげえたものと推認すべきである旨主張し、原告トシ子本人尋問の結果によれば、亡裕治が右の予定をもつて塾開設の準備をしていたことが認められる。しかし、原告ら主張のような収益をあげることができたものと推認するためには、それ以上に同人が予定している新しい塾を開設し、相応の生徒を集め、塾の経営を続けて右の程度の収益をあげうる蓋然性のあつたことが認められることを要するところ、右認定の事実によれば、同人がいずれ塾を拡大してこれによる増収を図つていたことは認められるものの、それ以上に原告らの主張するような蓋然性があつたものとまで認めるには足りず、他にこれを認めうるような的確な証拠はないので、蓋然性のある控え目な収入としては、前記認定の程度にとどまるものというべきである。そこで、同人が前記の間に得られたであろう利益の額から、原告トシ子本人尋問の結果により認められる同人の生活実態、すなわち、同人は、妻の同原告と二人暮らしで子ども達のその余の原告らはいずれも独立しており、同人の家庭教師による収入は専ら同人がその趣味に費消し、退職共済年金による収入によつて夫婦の生計を維持していた年金生活者であつたことに照らして相当と認められる四〇パーセントの割合による同人の生活費を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すると、次の計算式のとおり、金二三〇八万三二三九円となる。
{2,738,900×(1-0.4)×12.6032}+{50,000×12×(1-0.4)×6.5886}=23,083,239
2 慰謝料
本件事故により死亡した亡裕治が本件事故によつて被つた精神的、肉体的苦痛は甚大であるものと認められるところ、これを慰謝するに足りる慰謝料の額は、金九〇〇万円が相当と認められる。
(原告ら固有分)
3 慰謝料
原告トシ子が亡裕治の妻であり、その余の原告らがその間の子であることは当事者間に争いがないところ、夫であり父である亡裕治を失つた原告らの精神的苦痛もまた甚大であるものと認められ、これを慰謝するに足りる遺族固有の慰謝料の額は、原告トシ子については金三〇〇万円、その余の原告らについては各金一〇〇万円が相当と認められる。
4 葬儀費用
弁論の全趣旨によれば、原告トシ子は、亡裕治の葬儀を執り行い、その費用として相当額の支出をしたことが認められるところ、このうち本件事故と相当因果関係に立つ葬儀費用は、金八〇万円と認めるのが相当である。
5 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告らは、本訴の提起及び追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、その費用及び報酬として相当額の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等諸般の事情に照らせば、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用は、原告トシ子について金二五万円、その余の原告らについて各金一五万円と認めるのが相当である。
三 相続による権利の承継
原告トシ子が亡裕治の妻、その余の原告らがその間の子であることは前記のとおりであるから、亡裕治の死亡に伴い、同人の被告に対する前記二―2の損害賠償債権を、原告トシ子は二分の一、その余の原告らは各六分の一の割合で相続により承継したものである。
四 過失相殺
原本の存在及び成立に争いのない甲第四ないし第八、第一〇ないし第一二、第一七ないし第二二、第二六、第二七号証、成立に争いのない同第二八号証によれば、本件道路は、その中央に道路中央線のある幅員六メートルの片側一車線の国道であるが、亡裕治は、深夜の暗い右国道上を酒に酔つてふらふらと歩いていて被告車の前方を左(東)から右前方(西南)に斜めに横断しようとしたところ、東側車線を南進していた被告車が同人の通り過ぎた左側を通過しようとして自己に近づいてきたので、これに驚いてその進路前方に後戻りしたため、同車線ほぼ中央やや道路中央線寄り(道路左端から約一・七五メートル中央線寄り)の地点で被告車の右前部と衝突したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右の事実によれば、被害者である亡裕治にも深夜の暗い国道上を酒に酔つてふらふら歩きし、被告車の前方を右方に対する安全をよく確認しないで斜め横断し、近づいてきた被告車に驚いてその進路前方に後退した過失があつたものというべきである。原告らは、本件事故時の状況からみて亡裕治はふらふら歩きの状態で道路を横断しようとしたのではなく急いで横断しようとしたものであり、衝突直前被告車の進路前方に後退したのでもなく、本件事故は専ら被告の無謀かつ異常な運転によつて生じたものである旨主張し、前掲各証拠によれば、被告は、酒に酔つたうえ、前照灯を照射距離が僅か二三・三メートルしか達しない下向きの状態で、暗い本件道路の東側車線(幅員三メートル)中央線寄りを時速約四五キロメートルの速度で被告車を進行させていたところ、前方約四五・五メートルの左側外側線付近の車道内に黒い物体を認めたので、前照灯を上向きに操作してみると、前方約三五・七メートルの道路を左から右前方に斜めに横断していた亡裕治を発見したこと、被告は、同人の歩行状態等から同人が酩酊者であるかもしれないと思つたが、警笛を鳴らすと同人が被告車に気づいてからまれると思い、同人がそのままの状態で歩行を続ければ、同人が通過したあとの左側後方を進行できるとの判断の下に、警笛を吹鳴せずにそのままの速度でそのまま中央線寄りをまつすぐ進行したところ、約一一・二メートル間隔まで接近した時に中央線近くまで歩行していた亡裕治が被告車に気づいてふり向き、被告車から見て左方に一歩踏み出したので、ハンドルを左に切つてこれを避けようとしたが、間に合わず前記地点で自車右前部を同人に衝突させたこと、被告が亡裕治を発見してからハンドルを左に転把するまでの間被告車は約二六・七メートル進行し、この間亡裕治は左側外側線付近の車道内から約三メートル進行していたこと、被告が亡裕治を発見してから同人と衝突するまで被告車は約三七・五メートル進行しており、亡裕治の歩行速度は毎時約三・五キロメートル(秒速〇・九七二メートル)であつたこと、被告車がハンドルを左転把するまでの間進行していた進路は、道路中央線から約三〇センチメートル左(東)側であつたことが認められ、右の認定を左右しうるような証拠は存在しない。右の事実によれば、被告は、酒に酔つたうえ、前照灯を下向きの状態にして被告車を前記速度で運転し、約三五・七メートル前方に亡裕治を発見し、同人が酩酊者かもしれないと思つたにもかかわらず、同人のすぐ左側後方を通過できるとの判断の下に、警笛の吹鳴も減速もせずにそのまままつすぐ進行して同人の真近を通過しようとして本件事故を発生させたものであるから、被告に右のような無謀な運転をした過失の存することは明らかである。しかし、右の距離及び速度に関する数字は、事柄の性質上かなりの不正確さを伴う幅のある認定で、亡裕治の正確な歩行経路も必ずしも判然としないものであるから、右認定の事実をもつて亡裕治の過失に関する前記認定を左右させうるものとはいえず、他に前記認定を覆すに足りる証拠は存在しないので、同人に前記過失のあつたこともまた明らかであり、本件事故が専ら被告の過失のみによつて発生したものということもできない。そして、右に認定したところによれば、亡裕治の過失は二割、被告のそれは八割と認めるのが相当である。
五 損害の填補ないし損益相殺
被告車の自賠責保険から原告トシ子が金一〇七五万円、その余の原告らが各金三五八万三三三三円の保険金の支払を受け、原告トシ子が合計二四六万六四五一円の地公共法に基づく遺族共済年金の支給を受けたことは当事者間に争いがない。
被告は、原告トシ子に将来支給さるべき遺族共済年金も同原告の相続した損害賠償債権から控除すべきものであると主張するので、この点につき判断するに、地公共法五〇条一項は、「組合は、給付事由……が第三者の行為によつて生じた場合には、当該給付事由に対して行つた給付の価額の限度で、受給権者(当該給付事由が当該組合員の被扶養者について生じた場合には、当該被扶養者を含む。)が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。」と規定する。右の規定は、厚生年金法四〇条及び労働者災害補償保険法一二条の四の規定と同趣旨のもので、共済組合が給付を「行つた」ことによつて、受給権者の第三者に対する損害賠償請求権が組合に移転し、受給権者がこれを失うのは、組合が現実に給付を行つて損害が填補されたときに限られ、いまだ現実の給付がない以上、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、受給権者が第三者に対し損害賠償の請求をするに当たり、このような将来の給付額を損害額から控除することを要しないものとした規定と解するのが相当である(最高裁判所昭和五二年五月二七日判決、民集三一巻三号四二七頁参照。)。
六 結論
以上の次第で、原告らの本訴各請求は、原告トシ子において二12の合計額の二分の一に二3の金三〇〇万円の慰謝料及び二4の葬儀費用を加えた額から二割の過失相殺減額をし、これから五の金一三二一万六四五一円の既払額を控除したうえで二5の金二五万円の弁護士費用を加えた金二九〇万六八四四円の損害賠償金、その余の原告らにおいて二12の合計額の六分の一に二3の金一〇〇万円の慰謝料を加えた額から二割の過失相殺減額をし、これから五の金三五八万三三三三円の既払額を控除したうえで二5の金一五万円の弁護士費用を加えた各金一六四万四四三二円の損害賠償金及び右各金員に対する不法行為の日である昭和六一年一月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからいずれもこれを認容し、その余の各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山下満)